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大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1266号 判決

主文

原判決を取消す。

被控訴人の本件仮処分申請を却下する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求める判決

1  控訴人

主文同旨。

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張

次のとおり訂正付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決八枚目表一一行目の「喫緊」を「緊急」と、同一三枚目裏一三行目の「装配」を「装置」と、同四四枚目表二行目の「発令後二週経過して」を「転勤発令後二週間経過して」と、同五四枚目裏一〇行目の「岐埠工場」を「岐阜工場」とそれぞれ訂正する。

2  (被控訴人)

被控訴人は、(一) 控訴人会社(以下単に会社という)に勤務したのは勤務先が神戸であり、郷里に近い坂出に会社の事業場があつたから、将来は坂出に帰れることを期待していた、(二) 神戸で勤務するうち岸本尚子と知り合い婚約し、昭和五三年秋結婚後は神戸で共働きをするという生活設計をたてていた、(三) 自己の母親を扶養しなければならなかつた、以上の各事情があり、これら事情を考慮すれば、被控訴人の同意なしに行われた本件配転命令は無効である。

また、被控訴人の同僚である森松ほか数名が会社から岐阜工場への配転をいわれながら、それぞれの個人的事情が斟酌されてその配転を免れているのに、ひとり被控訴人に対してだけ合理的理由もないのに本件配転命令を発したのは、著しく平等原則に違背し、無効である。

三  証拠<省略>

理由

一会社の機構について

<証拠>を総合すれば

1  会社は、神戸市に本店を置き、昭和五三年三月当時(以下特に年を示さない場合は同年を指すものである)、全国に工場一九ケ所、従業員三万一二六二名を擁し、主として船舶、航空機、車両、鉄構物、各種機械等の製造、販売を行う株式会社である。

2  会社は、その当時本社部門のほかに、製品群別に船舶・航空機・車両・プラント鉄構・機械・発動機の六事業本部が置かれていた。

3  右のうち、船舶事業本部は、管理部門として企画室及び神戸事務所、営業部門として船舶営業本部(神戸、東京)、生産部門として神戸・坂出両造船事業部、修理、改造部門として修繕船事業部とにそれぞれ分れ、右企画室の中には管理部電算企画課があり、同課は神戸市中央区の神戸工場内に所在していた。

4  また、航空機事業本部は、企画室、航空機営業本部、航空機事業部とに分れ、右航空機事業部の中には、生産技術部作業計画課、プロジェクト計画課があり、同課は、岐阜県各務原市の岐阜工場内に所在していた。

以上の事実が一応認められ、これに反する証拠はない。

二被控訴人の入社関係について

被控訴人が昭和四九年四月会社に従業員として採用され、以来神戸工場内に所在する前記船舶事業本部企画室管理部電算企画課に所属し、主として電算端末機のオペレーターの業務に従事していたことは当事者間に争いがない。

三本件配転命令について

<証拠>を総合すれば、会社は五月二〇日ごろ被控訴人を六月一六日付で前記航空機事業部生産技術部プロジェクト計画課に勤務を命ずる旨決定し、被控訴人の上司である前記船舶事業本部企画室管理部長小沢益夫(以下小沢部長という)が六月一二日午後五時ごろ被控訴人に対し右の辞令(疎乙第二号証)を交付しようとしたところ、被控訴人がその受領を拒否したので、その場で右辞令を読み上げその内容を告知したことが一応認められ、これに反する原審被控訴人本人の供述部分は措信しない。

四本件配転命令が被控訴人の同意を欠き無効であるとの被控訴人の主張について

本件配転命令によると、被控訴人の勤務場所は、神戸市中央区所在の神戸工場から岐阜県各務原市所在の岐阜工場に変更されることになるが、被控訴人が本件配転命令そのものに同意していないことは当事者間に争いがない。

ところで、労働の場所、職種等は労働契約の重要な要素であつて、労働契約の内容の変更をもたらすような遠隔地配転等は、原則として労働者の同意なくしてこれをなし得ないものであるが、労働契約において勤務場所を特定して採用された労働者の場合を除き、右の同意は必ずしも当該配転の都度個別的になされなければならないものではなく、労働契約において明示又は黙示的に労働者が包括的に配転を同意しているものとみられるとき、殊に、就業規則あるいは労働協約におして「使用者が業務の都合により従業員を配転することができる。」というような明確な定めのある場合には、労働者は包括的に配転を同意し、配転機能が労働者から使用者に委ねられているものであつて、使用者はそれに基づき適法に配転命令を発し得るものとするのが相当である。

これを本件についてみるに、<証拠>によれば、被控訴人は昭和四九年四月一日会社に入社した際、会社に対し労働契約書を提出しているが、その労働契約書には、被控訴人は会社の就業規則に従い、誠実に勤務することを約しており、会社の就業規則一四条には「会社は業務上の都合により、従業員に転勤を命ずることがある。」と、また、同一五条には「会社は業務上の都合により、従業員の職種を変更し、または配置転換を命ずることがある。」と定められていることが認められ、それによれば、会社は右就業規則一四条等に基づき被控訴人に対し、適法に本件配転命令を発し得るものといわなければならない。

もつとも、労働契約において勤務場所を特定して採用された労働者の場合については、たとえ、就業規則あるいは労働協約に前示のような明確な定めがあつても職種、勤務場所を変更する配転は、原則として、その都度合意を要するものと解するのが相当であるから、本件の場合、被控訴人が勤務場所を神戸工場と特定して採用されたかどうかについて、更に検討してみる。

<証拠>を総合すれば、

1  会社の従業員は、その従事する仕事によつて管理・専門、事務、技術、現業、特務の五つの職群(職種群)に分れており、右五職群のうち、通常新卒の定期入社者が属するのは、事務・技術・現業の三職群である。そして、右三職群のうち事務・技術職は将来の中堅社員として育成していくため、その採用は本社がこれを行い、全国的に広く応募者を募り、採用試験についても、専門学科、語学、面接の各試験を行つたうえでその採否を決定し、右に関しては、大学卒、高校卒も学科試験のレベルが違うほかは区別されていない。

一方、現業職は、通常特定の工場勤務を予定して採用するため、各事業所の担当職員が採用手続を行い、簡単な一般教養、面接の試験で採否を決めている。

2  被控訴人は徳島県立貞光工業高校に在学中、会社の昭和四九年度定期入社試験に応募したが、その応募の対象は技術職であつた。そして、被控訴人は昭和四八年一〇月二〇日、会社本社(神戸市)で専門課目(電気)、英語の各記述及び面接の試験を受け、会社は右試験結果と高校時代における学業成績とを勘案して被控訴人を技術職に採用した。

3  被控訴人は、昭和四九年四月一日会社本社で行われた入社式の際、会社から就業規則等を手渡されたうえ、同日会社に対し、前述のとおり就業規則に従い、誠実に勤務することを約した労働契約書(疎乙一九号証)を提出し、しかも、右入社後の新入社員教育期間中会社担当職員から就業規則の説明等を受け、同規則を遵守すべきことを充分認識していたものである。

4  会社は人事制度上、高校卒との間ではその初任給を異にするほかは、技術職としての処遇に関し何らの相違がなく、それぞれの職務と業務遂行能力によつて中堅社員から管理職に昇進する統一職務分類制を採用し、これを実行している。しかも、右初任給の差(多くの企業がこれを行つていることは公知の事実であつて、大学期間中の教育費、給与取得の有無を考えれば当然である)については、高校卒社員が四年間勤務した場合、通常大学卒の初任給と同じ程度に達する。

5  被控訴人は入社後、前述のとおり、船舶事業本部企画室管理部電算企画課に所属し、主として電算端末機のオペレーターの業務に従事していたが、その間、チェックやプログラマーとしての職務も行つていたのであり、会社としては、被控訴人をプログラマー、更にシステム・エソジニアへと将来育成していく方針であつた。

6  被控訴人と同時に技術職として本社採用された昭和四九年度定期入社の高校卒業者五八名は、川崎工場等それぞれ全国各地の九事業場に配属され、昭和五三年八月末日までの四年余の間には、そのうち一三名が他の事業場へ移転(出向一名を含む)されており、また、被控訴人が入社後昭和五四年三月までの五年間につき、最終学歴が高校卒の事務、技術職のうち延べ一三二一名の従業員が事業場間の異動をしており、この点に関しては、大学卒を含めた事務、技術職全般の傾向とさして相違がない。

7  被控訴人は会社に提出した昭和四九年一一月実施の活動評価記録及び同五〇年一一月実施の同記録中において、将来希望する勤務地として「坂出工場」を記入しており、神戸工場から他の事業所に配転される場合のあることを了知していた。

以上の事実が一応認められ、右認定の各事実に、前記一の1、2認定の会社の規模、組織、構成、従業員数等を合せ考察すれば、被控訴人はその勤務場所を神戸工場と特定されて会社に採用されたものではないというべきである。

なお、被控訴人は、(一) 被控訴人が会社に就職したのは勤務先が神戸であり、会社の事業場が郷里に近い坂出にもあるから、将来は坂出工場に帰れることを期待していた、(二) 神戸で勤務するうち、岸本尚子を知り合つて婚約し、昭和五三年秋結婚後は神戸で共働きをするという生活設計をたてていた、(三) 自己の母親を扶養しなければならなかつた、以上の各事情があるので、本件配転については被控訴人の同意を必要とし、その同意がない本件配転命令は無効である旨の主張をしているけれども、たとえ被控訴人主張の右(一)、(二)、(三)の各事情があつたとしても、それは専ら被控訴人の個人的な事情に過ぎず、かつ、(二)は採用後生じた事情であつて、本件全証拠によるも、会社において、採用にあたり被控訴人の右(一)、(三)の事情を斟酌して、被控訴人の勤務場所を神戸工場あるいは坂出工場に限定する旨の保証をしたという事実を認めることができないから、被控訴人の右主張を採用することはできない。

以上の次第で、本件配転命令は被控訴人の同意がないから無効であるとの被控訴人の主張は理由がない。

五本件配転命令が組合の同意を要するとするいわゆる人事同意約款に違反し、無効であるとの被控訴人の主張について

<証拠>を総合すれば、川崎重工労働組合(以下単に労働組合という)は会社の従業員で組織された労働組合であり、会社との唯一の交渉団体であつて、被控訴人はその組合員であつたこと、会社と労働組合とは一月一日付で労働協約を締結しており、その三七条二項には転勤、配置転換を集団的かつ大量に行なう場合には、会社はあらかじめ組合に対しその計画並びに基準について説明し、協議する旨のいわゆる人事同意約款が定められていることが一応認められる。

ところで、当審証人小沢益夫の証言によれば、本件配転命令は、造船業界の不況に伴う会社の造船部門における人員削減と航空機部門における人員増強の必要上、大量に行なう配転の一環としてなされたものであることが明らかであるから、前記人事同意約款事項に該当し、したがつて、会社は労働組合に対し、あらかじめ、本件配転について説明し、その協議を経なければならないものであるところ、<証拠>によれば、会社と労働組合とが前記転勤に関し、五月一四日付で作成した協定書には、転出元として神戸造船事業部造船設計部及び造船工作部二一名、坂出造船事業部造船設計部及び造船工作部二四名と記載してあるだけであつて、被控訴人の所属していた前記企画室管理部電算企画課の記載がないことが一応認められる。

被控訴人は、右の点で、本件配転命令は人事同意約款に違反し、無効であると主張する。

しかし、前記疎乙第九号証の労働協約によるも、人事同意約款に基づき会社と労働組合とが協議した結果は文書に記載しなければならないとする定めのないことが明らかであるから、ある協議結果が前記疎乙第一二号証の協定書に記載されていないからといつて、直ちに右協議結果事項が協議されなかつたとみるべきではなく、他の資料によつて本件配転につき説明、協議のなされたことが明らかにされれば、前記人事同意約款にもとることはないものというべきである。

これを本件についてみるに、<証拠>を総合すれば、

1  会社は、前記労働協約三七条二項に基づいて四月二四日開催された会社、労働組合間の生産専門委員会において、同組合に対し、神戸造船事業部、坂出造船事業部の従業員中四五名を航空機事業本部に配転する旨の配転計画の大綱を明らかにし、その趣旨説明を行つた。

2  これに対し労働組合は、同日午後中央執行委員会及び中央委員会を開き、右の配転計画をおおむね了承する旨の決定を行い、転出元部門の詳細な内容については当該支部、事業所毎の協議に委ねることにした。

3  これを受けて、労働組合神戸支部と船舶事業本部神戸事務所とは四月二五日と五月二日の二回にわたり生産小委員会を開き、神戸工場の被配転者に関する細部事項の協議を行い、会社は、四月二五日の右委員会で、人選の対象は、神戸造船事業部については、特に減量の必要性の高い造船設計部及び造船工作部を中心に行うが、選考の都合上企画室管理部からも若干名人選したい旨説明し、更に、転出元は神戸造船事業部造船設計部六名、同造船工作部一三名、企画室管理部電算企画課二名の合計二一名であることを具体的に示し、これに対し労働組合は、支部執行委員会において正式に了承する旨の決定をした。

4  その後労働組合は会社に対し、五月八日までに転勤者の取扱いに関する提案を提出するよう求めると共に、五月三日の午後から会社側が被配転者に対して個人説得を開始することを認めた。

5  会社が五月八日ごろ右組合に対し前記提案を提出したので、労働組合はその内容を検討したうえ、同月一五日開催した中央執行委員会においてこれを了承した。

6  以上の経過により労働組合と会社との本件配転等に関する協議内容はすべて了解点に達したので、右両者間において同月一六日付で前記協定書が作成された。

7  前記協定書には、前述のとおり、被控訴人の所属する企画室管理部の名が記載されていないが、それは、右協定書を作成した担当者が、協定書の転出元には、神戸関係として被配転者の多い神戸造船事業部の造船設計部及び造船工作部を代表的部門としてこれを記載しておけば足りると考えたからであつて、右両部門だけの協定が成立していたわけではない。

前記協議が成立した部門は、右両部門一九名に企画室管理部二名があり、これらを合計した二一名の人数は、前記協定書に記載してある転出元神戸造船事業部関係二一名と合致するものである。

8  前記労働組合執行委員会が五月一七日付で作成した第六回神戸支部委員会資料(疎乙第二〇号証)には、前記五月二日の生産小委員会において協議された配転元の各部門及び人員中に企画室管理部二名の事項が記載されている。

以上の事実が一応認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によれば、前記協定書には企画室管理部の名称が記載されていないものの、実際には、同部従業員を転出元とする本件配転につき会社と労働組合との間において説明、協議のなされていた事実が明らかであるから、本件配転命令が人事同意約款に反し、無効であるとの被控訴人の主張は理由がない。

また、被控訴人は、会社の労働組合に対する提案の内容は「生産技術部の配属については、当初プロジェクト計画課に配属し、一か月の教育終了後、適性をみて生産技術部各課に配属する」となつていて、配転予定者が特定の職務に従事することは予め決められていないのに、会社が被控訴人に対する本件配転の内示に際し、配転先は生産技術部プロジェクト計画課であるとして、同課の担当予定業務の内容を説明しているのは前記協定に反すると主張する。しかし、たとえその主張のような事実があつたとしても、それ自体なんら前記協定に反するものとは解されないから、右主張も理由がない。

六本件配転命令が信義則に違反し、権利の濫用として無効であるとの被控訴人の主張について

使用者が従業員との包括的合意と業務上の必要性に基づいて、一方的に従業員の配転を決定しうることは前示のとおりであるが、これによる勤務場所の変更は従業員の生活関係に多かれ少なかれ影響を及ぼすものであるから、使用者が配転を決定するについても、労使間を規律する信義則に照らして合理的な制約を受けるものであり、この制約を逸脱し、配転命令が権利の濫用にわたる場合には、人事権の濫用として無効となるものと解される。そして、当該配転命令が具体的に権利の濫用に当るか否かは、業務上の必要性と従業員の被る不利益との比較較量により判断されるべきものである。そこで、本件配転命令が信義則違反、権利濫用にわたるものかどうかについて判断する。

1  まず、本件配転命令の必要性、人選の合理性などについて検討する。

<証拠>を総合すれば、次の諸事実が一応認められる。

(一)  (造船部門における人員削減計画とそれに至る経緯)

(1) 昭和四八年秋の石油危機以後、船舶建造需要が世界的に減退したことに伴い、我が国造船業界は深刻な不況に陥つた。すなわち、キャンセル量が昭和四九年から急に増加すると共に、受注量、手持工事量が昭和四八年をピークに同五二年にかけて激減しており、このような業界不況を反映して、日本造船工業会加盟二三社の造船部門の従業員も、昭和四九年一〇月一日現在を一〇〇とした場合、その指数は逐年減少して同五二年には77.9(同五四年には48.4)という低水準に達した。

(2) この実情にかんがみ、政府は、離職者対策を中心に救済措置を講ずる一方、造船需給の不均衡が将来更に長期にわたつて継続する見通しであつたため、抜本的な対策として、過剰造船設備の廃棄などを目的とする特定不況産業安定臨時措置法案を国会に上程し、昭和五三年五月一五日に成立、公布された。

(3) 同法の施行により、会社を含む大手七社は、中小手に比して高目の四〇パーセソトの設備を廃棄しなければならなくなり、会社は、運輸大臣の告示した同法三条一項の「特定船舶製造業に関する安定基本計画」に基づき、昭和五四年末までに建造能力70.9万CGRT(標準貨物船換算トン数)の約四〇パーセントに当たる28.5万CGRTの設備を廃棄処理するため、神戸工場の船台三基のうち一基を廃却、一基を能力縮小し、また坂出工場の建造ドック二基のうち一基を廃却することとなつた。

(4) 運輸省は、右設備処理と平行して、各社の操業量についても行政指導をし、その結果、会社の操業量の上限は、昭和五四年度、同五五年度それぞれ二〇万CGRTに規制されることとなつた。

この操業量の上限は、会社の昭和四九年度操業量の三四パーセントに当たるという厳しい規制であり、しかも、会社には、昭和五一年ごろから造船のキャンセルが毎年増加し、同五三年度のヒ期には神戸・坂出工場とも各種の中小型船が建造されていたものの、下期以降に予定されている実質的手持工事が極めて乏しく、操業低下は避け難い状況に置かれていた。

ちなみに、会社の昭和五三年度(同五四年三月期)、同五四年度(同五五年三月期)、同五五年度(同五六年三月期)の各当期利益は、それぞれマイナス五九億円、プラス二八億円、プラス二八億円となつており、表面的には赤字決算は同五三年度だけになつているが、右五三年度は有価証券三一億円、固定資産一三億円計四四億円の売却益などを計上したうえでなおかつ右五九億円の赤字になつたものであり、同五四年度には有価証券八〇億円、固定資産一四億円の計九四億円、同五五年度には有価証券八三億円、固定資産七二億円計一五五億円の各売却益などを計上することによつて表面的に若干の利益を計上し得たものであつて、実質的には大幅な赤字決算であつた。事業本部別の決算は明らかでないが、昭和五四年度決算では船舶、車両、航空機部門で売上・損益とも同五三年度より悪化し、殊に船舶部門は不採算船の売上計上により大幅な赤字であつた(航空機部門の悪化は後記設備投資によるものであつて、その成果は後記航空機プロジェクトの本格的生産が進む昭和五七年度以降に期待が寄せられていた)。

(5) 会社の造船部門が右のように極めて不況な状態に置かれたため、船舶事業本部は、かねてから過剰人員の多い造船部門より他部門への応援や転勤、他社への出向、応援派遣等を実施したり、あるいは一部の部門を分離独立させて要員を吸収させるなど人員面での調整を行い、その結果、同事業本部の在籍人員は昭和五三年三月末で八五四八名となり、同五〇年三月末に比し、約一五〇〇名の大幅な減少をみるに至つた。

しかし、右諸対策の実施にもかかわらず、昭和五四年度以降に予想される操業量とは人員面ではなお大幅な不均衡があつたので、一月末ごろから同事業本部企画室が中心となり、前記操業見通しに即した要員計画、すなわち、昭和五四年以降に予想される操業度三〇パーセソトに合わせて、昭和五三年末在籍人員八五四八名を約五〇〇〇名に圧縮する旨人員削減計画を策定し、これを実行することとなつた。

この人員対策で最も重要な部分をなすのは社内配転であり、これを実施するに際し、最大の受け入れ部門になつたのが、後記航空機部門である。

(二)  (航空機部門における人員増強計画とそれに至るまでの経緯)

(1) 航空機事業部門は、昭和四八年秋の石油危機後、人件費や諸資材の高騰、高度経済成長の停滞によつて操業度が逐年低下し、経営の合理化をはかつた結果、昭和四七年三月末当時約三八〇〇名であつた同事業本部の在籍人員は、自然減により同五三年三月末には約三〇八〇名となる見通しとなつた。

(2) ところが、昭和五二年末ごろわが国航空機製造業界は、昭和五三年度政府予算で決定された、防衛庁向けF―一五次期戦闘機、P―三C次期対潜哨戒機のライセンス生産及び日米伊三国共同生産によるB―七六七、七七七次期民間旅客機(YX)の開発計画という三大プロジェクトを取組むこととなり、同業界大手三社の一つである会社は、右三大プロジェクトに関し、F―一五については機体の主翼、後胴とエンジンの二〇パーセントの、P―三Cについては全体組立、中胴とエンジンの二〇パーセントの、YXについては前胴、中胴、主翼リブの各部分の製作をそれぞれ分担することになつた。更に会社においては、右プロジェクトに加えて、独自のプロジェクトとして従来より交渉を積み重ねてきた西独MBB社との中型ヘリコプターBK一一七の共同開発生産の契約成立をみ、また、サウジアラビア向けKV―一〇七大型ヘリコプター生産及び同機使用の消防・救難システムの納入などの二大プロジェクトにも取組んでいくこととなつた。

(3) 航空機業界では、前記三大プロジェクトの本格的生産が開始されるのは昭和五五年ごろ、その生産のピークに達するのが同五七、八年ごろであり、それまでに活発な設備投資、人員投入が続くというのが一般的な予想であつた。会社も右五大プロジェクトの本格的生産に入るに先立ち、昭和五二年度以降から同五七年までの間に、約二〇〇億円強に及ぶ設備投資を行つて生産設備の増強をはかる一方、各プロジェクト毎の設計・開発及び各種試験業務を担当する技術職員や治工具の生産及び機械組立てを担当する現業職員の増強をはかることが急務であると決定した。

(4) そこで、航空機事業本部では、昭和五二年度後半から、同事業部内の人事、勤労方面を担当している総務部が中心となり、昭和五三年三月末で、三〇八〇名水準となる同事業本部在籍人員を、同五四年三月末には三二七〇名、同五五年三月末には三六六〇名に増加させることを骨子とした増員計画を策定し、同五三年二月にはほぼその概要がまとまり、これを実施に移すこととした。

(三)  (本件配転の具体的要請)

(1) 航空機事業本部が前記増員計画を策定し始めた昭和五二年暮れごろ、最も余剰人員を抱えていたのは、前述のとおり船舶事業本部であり、その当時社内一般の共通認識としては、船舶部門の構造不況は規模的にみて余りにも大きく、企業の存立さえも危くする問題としてこれをとらえ、この問題解決のため、本社の部長クラス及び各事業本部の勤労担当部長を参加メンバーとする効率配置推進委員会が設置され、同委員会において、航空機部門の前記人員増強を船舶、原動機両部門からの配転で賄う方針が決められた。

(2) その後、航空機事業本部は、三月一七日付で航空機事業部総務部長名をもつて、本社人員部長に対し「昭和五三年度技術職の第一次配転受け入れ申請について」と題する文書(疎乙第三九号証)を送付した。

右文書中には「本件申請の趣旨」として、今回の配転はP―三C、F―一五の予算化内定ならびにYX開発計画の具体化に伴う充員であり、「具体的配転人員」として「別紙」のとおり技術職四五名、ただし、人員構成上の問題もあり、できれば若手技術職を多く含めて頂きたい、「受入れ希望時期」は六月までとの各記載があり、右「別紙」には、配属部門毎の受入れ人員に関する各人別担当職務の内容、専攻等資格要件の詳細が示されていた。

また、右「別紙」中には、前記四五名の配属予定先の内訳として、工作部に五名、品質管理部に二名、生産技術部に三八名であつて、更に、右生産技術部三八名の課別は、プロジェクト計画課に三名、生産技術課に三名、作業計画課に三二名であり、この作業計画課三二名中には、「電気・電子装置の系統別試験手順の立案、その設備・治工具の計画設計など」を担当する技術者(以下システム・エンジニアという)九名と、「電気・電子装置の部品工作に関するNC(数値制御)プログラムの作成」を担当する技術者(以下NCプログラマーという)一名であり、前者については職能等級「D1〜E2」に該当し、かつ「システム設計に習熟した者」という要件を、後者については同等級「B2〜C2」に該当し、かつ「コンピューター・プログラミンの知識のある者」という要件がそれぞれ付されていた。

(3) 以上の内容を有する配転要請を本社人事部を通じてそのころ受取つた船舶事業本部は、企画室が中心となつて、その内容を検討したが、右要請中の電気・電子系の技術者一〇名については、その実現に次のとおりの難点があつた。

すなわち、船舶事業本部にはその製品の性格上、造船や機械系の技術者の数多く在籍していたものの、電気・電子系の技術者はその絶対数において極めて少なく、しかも、本件配転の中心的転出元部門であつた神戸及び坂出の造船設計、同工作の各部は、三月当時共に電気・電子関係の仕様の複雑な中小型船の建造が重なつてこれらの各部門に属している電気・電子系技術者を容易に配転できない状況にあり、この事情は技術室、神戸造船事業部の潜水艦設計部、修繕船事業部といつた各部門についても同様であつた。

そこで船舶事業本部は航空機事業本部に対し前記実情を訴え、両者再三検討した結果、四月上旬ごろ電気・電子系技術者は要請の半数である五名(システム・エンジニア四名、NCプログラマー一名)とし、残りの必要分は昭和五三年度後期において再検討するが、その間、後期配転予定の機械系技術者五名を前期に繰上げて配転するということで双方の合意をみた。

なお、航空機事業本部から本件配転要請がなされた三月当時航空機事業部生産技術部作業計画課は一本の組織であつたが、四月一日付で組立作業計画課、部品作業計画課、装備作業計画課、治工具設計課の四課に分かれることとなり、これにより生産技術部は従来からあるプロジェクト計画課、生産技術課とを加え六課で編成されることとなり、そして、前記配転予定の電気・電子系技術者五名については、その全員が一か月の教育(OJT教育)期間終了後、装備作業計画課、プロジェクト計画課に配属されることとなつていた。

(4) 航空機事業本部が前記NCプログラマー一名の配転を要請した背景は、次のとおりである。

(イ) 本件配転計画が持ち上つた三月ごろ、航空機事業部生産技術部作業計画課内では「ワイヤリング近代化計画」を実施すべく、三名で構成された開発グループで諸準備を進めていたが、同グループは、今後の作業量やチームの構成上、B2〜C2に該当する電気・電子系技術者一名の増員を要請していた。

(ロ) 前記ワイヤリング近代化計画とは、航空機に塔載する配線関係の製造工程を手作業から自動化・機械化の実現をはかるものであつて、航空機に使用する何百種類にも及ぶ電線の中から、どの電線を一諸にするかを選択する装置としての「ワイヤー・ステーション」を始め、使用する電線別に電線番号をマークし、識別する「マーキング、ステーション」、また、あるハーネス(電線束)を作る場合に釘にハーネスをはわす関係から、ハーネスに応じて釘打ちを自動的にNC装置により行う「デジタイズ、スタッド打ち、ステーション」、更に、電線を釘に沿つてはわすと共に、その電線を必要な長さでカットすることをNCプログラムを用いて自動的に行う「フォーミング・ステーション」、こうして形成されたハーネスに関し、実際に電気が導通しているかどうかを自動的にチェックするためハイスピード・チェッカーを使つてこれを行う「導通チェック・ステーション」の各ステーションに加え、これらの流れを電算機を使用して集中的に管理する「センター・コンソール」で全体が構成されていた。そして、右装置中「デジタイズ、スタッド打ち・ステーション」及び「フォーミング・ステーション」につきプログラミングするのがNCプログラマーの仕事であつた。

(ハ) なお、航空機事業本部が前記開発グループの要請を容れるべく、本件配転計画で受入れを予定していたNCプログラマー一名は、その配転後、昭和五二年秋より前記開発グループ内で一部作業が開始されていた前記ワイヤリング近代化装置のNCプログラムの勉強と実際の作成を行わせ、かつ、OJT教育を通じてP―三C用の各種「ハーネスの作業計画」に関連するNCプログラムの作成を本格的に担当させることを予定していた。

(5) 造船部門における前記人員削減計画と航空機部門における前記増員計画とが期せずして重なり、右各計画の一環として本件配転が具体化するに至つた経過は以上のとおりである。

(四)  (藤原正が当初配転の対象者となつた経過など)

(1) 本件配転の転出元部門は、前述のとおり、神戸、坂出の造船設計、同工作の両部であつたが、三月当時前記事情により右二部門から電気・電子系技術者を五名も出すことは業務上多大の支障をきたすおそれが生じるため、船舶事業本部は前記配転予定者五名のうち二名については企画室管理部電算企画課から人選することとした。

同事業本部が同課から右二名を人選することになつたのは、同課は神戸工場内の原動機事業部電算課との統合による人員の削減が予定されていたのと、船舶部門の中でも電気・電子系の技術者が七名と比較的その数が揃つていたからである。

(2) 四月当時同課には男子係員一八名がおり、その中には、前述のとおり七名の電気・電子系の技術者がいたが、うち四名は開発グループであり、残り三名は運用グループに属していた。

このうち、航空機事業部から要請のあつたシステム・エンジニアにつき、その要件に該当する者としては関発グループの川上洋だけであつたので、上司の命を受けた窪田八州電算企画課長(以下窪田課長という)は、まず右川上をその人選に入れた。

残る一名のプログラマーについては、開発グループ中、川上を除く残り三名ともその要件を具備していたが、右三名各自の担当事務は造船業界の不況に反比例して多忙であり、その削減は職務遂行上困難な状況であつた。そこで、同課長は、業務の効率化をはかれば、まだ人員削除を行える余地のあつた運用グループから人選することとした。

当時運用グループは久保則之、藤原正、被控訴人の三名であつて、いずれもNCプログラマーの要件を備えていた。しかし、そのうち久保については同グループのリーダーとしての地位にあり、今後ともグループの取りまとめに当たらせる必要があつたので、窪田課長は、久保を人選から外し、被控訴人よりもプログラミングの経験が豊富な藤原を人選することとした。

(3) そこで、窪田課長は五月八日右川上、藤原の両名を呼び、同席した小沢部長が両名に対し配転についての内示をしたところ、川上は翌九日窪田課長に対し、これを了承する旨の意思表示をした。

一方、藤原は、窪田課長に対し、かねて父親から家業(印章業)を継ぐよう要望されているので、この機会に退職したいとの申し入れをし、その後数次にわたり窪田課長から翻意するよう説得を受けたが、辞意が固くこれを変えようとしなかつた。

そこで、やむなく窪田課長は、小沢部長と相談のうえ、五月一六日に藤原に対する説得を断念し、会社は、七月末日付をもつて藤原の辞職を認めた。

(五)  (被控訴人が本件配転の対象者として人選された経緯)

(1) 窪田課長は、五月一六日宮道博勤労一課長(以下宮道課長という)に対し、前記川上の配転をもつて電算企画課からの人選を終了させたい旨を申し出た。しかし、小沢部長、宮道課長らは① 航空機事業本部に対しては、その要請のあつた電気・電子系の技術者を前記のとおり一〇名から五名に減らし我慢してもらつている関係上、是非とも右五名の配転を実現しなければならない事情にある、② その資源に乏しく、かつすでに三名の人選をしている他部門から、あらためて更に一名の人選を加えるというのは極めて困難である、③ 電算企画課は、前記のとおり減員計画の対象となつており、同課の運用グループが一名となつても、開発・運用グループ内の従業員が連携協力し、それぞれの業務の効率化をはかることによつて運営できる、と状況判断し、窪田課長に対し、是非同課からもう一名人選してもらいたい旨指示した。同課長はこれを了承し、前記運用グループに所属する被控訴人を人選した。

(2) 窪田課長が被控訴人を本件配転の対象としたのは、前記(1)の①ないし③の諸状況のほかに

(イ) 被控訴人は、藤原に比してプログラマーとしての知識、経験に劣るけれども、入社以来一貫して電算企画課に所属してこの間オペレーター業務に従事する傍ら、計算料金配賦用や在庫管理に関するコンピューター・プログラムの作成及び各種システムのチェック業務に従事しており、プログラミングについて一通りの知識、経験を有し、航空機事業本部からの前記要請に適合する要件を備えていた。

(ロ) 被控訴人は、かねてから会社に対し電子計算機のプログラミングを担当したい旨の希望を表明していた。

航空機事業本部が要請していたプログラマーの担当職務は、前記のとおりNCプログラマーであつて、電子計算機のそれとは異なるけれども、NC自動プログラミングにあつては、制御装置に指令する数値その他を電子計算機を用いて求めるものであり、かつ同事業本部は前記要請のプログラマーについては、前述のとおり「コンピューター・プログラミングの知識のある者」という要件をつけていたものであつて、本格的なプログラマー・システムエンジニアを志す被控訴人にとり、本件配転は技術者としての幅広い実力を身につけるよい機会であつた。

(ハ) 被控訴人は当時独身であつて、比較的異動がしやすく、また、航空機事業部から要請のあつた前記「若手技術者」という条件にも適合していた。

以上の各事由等によるものであつた。

(3) 窪田課長は、その後、小沢部長に右人選を報告し、同部長及び航空機事業本部の承認を得たうえ、五月一八日被控訴人に対し本件配転を内示し、会社は前述のとおり六月一二日本件配転命令を発した。

以上の各事実が一応認められる。

前記(一)ないし(三)の認定事実を総合すれば、本件配転は、会社の造船部門における造船不況に伴う大量の人員削減と、航空機部門における五大プロジェクト生産に伴う大量の増員計画との必要性からなされたものであつて、特に、前者の関係で業務上の必要性が強度であつたというべきである。

右の点に関し、被控訴人は、会社は昭和五〇年以降の造船不況といわれる期間も一貫して巨額の利益をあげてきたものであり、また、造船部門は大量の工事量をかかえていたのであるから、大量の人員削減をはかる業務上の必要性はなかつたと主張する。しかし、右主張に沿う疎甲第五〇号証(野村秀和の鑑定書)は、前記疎乙第三六号証、第五三、五四号証、当審証人小沢益夫の証言と対比して措信することができず、ほかに前記(一)の(1)ないし(3)の認定をくつがえすに足る疎明はない。

また、被控訴人は、NCプログラミングの経験が全くない被控訴人を本件配転の対象者としたことについて合理性がないと主張する。しかし、前記(三)の(2)及び(4)の(ハ)、(五)の(2)認定のとおり、航空機事業本部は船舶事業本部に対し担当業務予定のNCプログラマーとして、コンピューター・プログラミングの知識のある電気・電子系の技術者を要請したのであつて、既成のNCプログラマーを求めていたわけではないから、NCプログラミングの経験がなくても、コンピューター・プログラミングの知識、経験を有する被控訴人はその人選基準に適合しているものというべきである。そして、右人選基準を充足する適格者が他にあつても、そのうちの誰を選択するかは専ら会社の裁量に属する事柄なのであり、前記(四)、(五)認定の事実関係のもとでは、会社が被控訴人を本件配転の対象者に人選したことにつき、不合理な点はないものといわなければならない。

2  次に本件配転命令により被控訴人の被る不利益について検討する。

(一)  被控訴人は、母親を引き取り扶養しようとしていたが、本件配転によりその実現が困難になると主張する。

しかし、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる疎乙第四九号証、原審証人窪田八洲の証言、原審における被控訴人本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人の母親は三月当時五七歳で徳島市において農業に従事しながら工場勤めをしている健康な女性であつて、なお当分の間は扶養の必要はなく、右母親を扶養すべき場合その義務者としては、帝人株式会社に勤務する被控訴人の兄もおり、仮に、被控訴人が母親を引き取り扶養するにしてもかなり将来のことであり、かつ、配転先の岐阜でもそれが十分可能であることが疎明され、それによれば、本件配転と母親の扶養とは必ずしも結びつかず、その扶養問題をもつて本件配転を拒否する理由とは到底なり得ないものというべきである。

(二) 被控訴人は、本件配転は婚約者との間で計画した将来の生活設計を根底から覆すものであると主張する。

<証拠>によれば、(1) 被控訴人は、本件配転の内示を受けた当時、前記のとおり独身であつたが、従前から交際していた岸本尚子と婚約し、五月四日には結納を済ませており、一一月二六日に結婚式を挙げることになつていた、(2) 被控訴人は、右内示を受けた五月一八日窪田課長に対し、尚子との右婚約の事実を説明した、(3) 尚子は、昭和四九年から神戸市内に所在する、会社の系列に属する川崎重工業健康保険組合(以下川重保険組合という)に事務員として勤務し、被控訴人の給料(基本給一〇万七五二〇円)では結婚生活が苦しいため、結婚後も右勤務を継続することに決めていた、(4) 尚子には神戸市内に住む両親が居るが、共に健在であり、父親の経営する家庭用品小売商は将来尚子の弟が継ぐことになつている、以上の事実が一応認められる。

右認定事実によると、被控訴人は、本件配転の内示を受けた五月一八日当時独身者であつて異動しやすい境遇にあつたものの、一一月二六日尚子と結婚するというのであるから、本件配転により被る被控訴人の不利益については、その点をも考慮する必要がある。

ところで、前記認定事実によれば、尚子の両親は神戸市内に居住しているが、共に健在であることが明らかであるから、被控訴人及び尚子は、結婚後右両親の面倒をみるため同市内に居住しなければならないという切実な事情におかれていない。したがつて、被控訴人、尚子らが同市内で家庭生活を営みたいことを望んでいたとしても、それは単にそのようにした方が何かにつけて好ましいという同人らの主観的な事情に過ぎないのであつて、本件配転によりその希望が実現できなくなつたことの同人らの不利益の程度は、到底本件配転の前示業務上の必要性を上回るものではない。

次に、尚子は川重保険組合に事務員として勤務し、被控訴人と一一月結婚後も同組合に勤務して共働きする計画をもつていたことは前記事実のとおりである。

右共働きの計画が本件配転前になされたことは弁論の全趣旨により明らかであり、被控訴人、尚子は本件配転によりその結婚までの期間中(本件配転内示のあつた時から約六か月間)に右計画を練り直し、あらためて、尚子が同組合を退職するか、退職しないで別居するかの選択を迫られるわけであるが、そのいずれを選択しても、それに伴う被控訴人らの不利益の程度は本件配転の前示業務上の必要性を上回ることはない。

すなわち、① 被控訴人の給料は前認定のとおり基本給一〇万七五二〇円であつて、手取りがその一、二割少くなるにしても、後記認定のとおり、被控訴人らには会社からその社宅を貸与されることになつているから、住宅費は随分安くなり、それに扶養手当、税金控除を考慮すると、尚子が前記組合を退職し、岐阜において被控訴人の給料だけで生活を維持することは可能である。② 尚子が被控訴人と結婚後共働きをするにしても、その勤め先が前記組合でなければならないとか、各務原市、岐阜市内では再就職することができないとかの特別の事情は本件全証拠によるも発見できないから、同市等で共働きをすることは可能である。③ 右①の方途を選んだ場合、被控訴人らの経済生活はかなり窮屈であり、また②の方途を選んでも、尚子が各務原市、岐阜市内で再就職した場合の就職条件が前記組合のときよりも劣り、時によつてはパートタイマーで我慢しなければならないこととなつて、同地での共働きによる生計は神戸市においてそれをするよりも悪くなることは必定であるが、右①、②の方途の選択は夫婦が同居し協力扶助する(民法七五二条)あり方として当然のことであり、そして、右①、②を選択した場合の生活による被控訴人らの右不利益も、結局は、配転に伴う被配転者の通常生ずべき事態以上に出ないものであつて、労働契約上受忍しなければならない範囲内にある。④ 前記①、②の方途を選択することが可能であるのに被控訴人らが結婚後も尚子において前記組合の勤務を継続し別居を選択した場合、被控訴人らの被る精神的、肉体的負担は大きいが、右別居は本件配転により余儀なくされたというよりも、被控訴人らの個人的な事情により右最悪の方途を選択したものと評価せざるを得ないのであつて、その不利益も被控訴人らにおいて自ら受忍すべきものである。

なお、<証拠>によれば、会社は、被控訴人から尚子との結婚予定を知らされた後、本件配転による被控訴人の不利益を緩和するため、勤続年数の上で未だ入居資格のない岐阜の社宅を貸与するという特別な配慮や、また、結婚後引き続き共働きを希望するのであれば、尚子が岐阜で働くことができるよう、同女の再就職として会社の関連会社である川重車体株式会社への就職方の斡旋を行い、その旨被控訴人に伝達していることが疎明される。

右就職斡旋の点につき、被控訴人は、会社には尚子の職場や住所を勝手に変更する権限がないと主張するが、会社の右就職斡旋は、同女にその就職を強いているものでないことは、前記窪田証人の証言によつて明らかであるから、右主張は失当である。

以上、(一)、(二)に述べたところによると、本件配転により被る被控訴人の不利益は、被控訴人の主観的な事情や配転に伴つて通常生じる事情であつて、いずれも前示本件配転の業務上の必要性を上回るものではなく、人事権の濫用と目されるほどの不利益に当らないものといわなければならない。

よつて、本件配転命令が人事権の濫用であるとの被控訴人の主張は理由がない。

3  更に、被控訴人は、本件配転命令に至るまでに会社がとつた態度は信義則に違反するものであると主張するので、その具体的な主張の順序に従い判断する。

(一)  会社が「解雇」をほのめかして説得したとの点について

しかし、被控訴人の右主張に沿う疎甲第三号証、原審被控訴人本人尋問の結果はたやすく措信できず、かえつて、<証拠>によれば、会社の説得は穏当なものであつたことが疎明される。

(二)  会社が女子従業員を使い、尚子を説得しようと画策したとの点について

しかし、<証拠>によれば、五月上旬当時被控訴人と同じ電算企画課に勤めていた向平章子(旧姓小川)は、被控訴人が本件配転を断わり続けているのを知り、このままでは被控訴人が会社をやめることになるのではないかと心配し、それでは婚約者の尚子がかわいそうであり、女性同志で一度話し合つたら道が開けるかも知れないと考え、上司である木下弘芳係長の同意を得ないで、自発的に五月二四日川重保険組合の尚子に面談したい旨の電話をしたが、尚子が約束の時間、面談場所に来なかつたことが疎明され、これに反する疎甲第一八号証の記載部分は措信しない。

右認定事実によれば、向平章子は上司の指示、依頼もなく自発的に尚子と面談しようとし、かつその目的を果たさなかつたことが明らかである。

(三)  窪田課長が「君の婚約者は喜んで岐阜へ行くと言つているではないか」と虚偽の発言をし、本件配転の説得をしようとしたとの点について

しかし、右主張に沿う疎甲第三号証、原審被控訴人本人の供述は、前記窪田証人の証言と対比し、また、窪田課長が右主張のような事実を告げても、被控訴人が尚子に確かめればその真偽は容易に明らかになる点から考えてみても、たやすく措信できず、他に右事実を疎明するに足る証拠はない。

(四)  会社が他社の従業員である尚子まで配転させようとした点について

しかし、本件全証拠によるも、右事実は疎明されない。

なお、尚子の再就職先斡旋の趣旨は前記2の(二)後段で述べたとおりである。

(五)  会社が被控訴人の事情を全く顧慮しなかつたとの点について

しかし、会社は、本件配転内示後被控訴人のため社宅の貸与方や共働きの就職先斡旋などの配慮をしていることは前記2の(二)後段説示のとおりである。

ちなみに会社が被控訴人や藤原正に対し神戸周辺の転勤を示唆したとの疎甲第一七号証、当審証人藤原正の証言、原審被控訴人本人の供述部分は、<証拠>と対比してたやすく措信できない。

(六) 森松ほか数名が配転を免れているのに、被控訴人に対してだけ本件配転命令を発したのは平等原則に反するとの点について

しかし、前説示のとおり、誰を配転させるかは会社の裁量に属し、会社が被控訴人を本件配転の対象者としたことにつき合理性のあること、及び本件配転により被控訴人が被る不利益は人事権の濫用にわたるほどのものではないこと前判示のとおりである以上、会社が被控訴人に対し本件配転命令を発するのは当然の行為であり、他の従業員に対して配転命令を発しなかつたからといつて、本件配転命令が平等の原則に反し、無効となるものではない。そればかりではなく、会社が森本らに対し配転命令を発するに至らなかつたのはそれ相当の客観的な事情のあることが当審証人宮道博の証言によつて明らかである。

以上の次第で、本件配転命令の過程で会社に信義則違反があつたという被控訴人の主張は、いずれも理由がない。

そうすると、本件配転命令に信義則違反のかどはなく、権利の濫用にわたらない有効なものというべきである。

七本件解雇について

1  <証拠>によれば、会社就業規則一二三条一項三号には、従業員が職務上の指示、命令に従わず、職場の秩序をみだし、またはみだそうとしたときは懲戒解雇に処する旨及び同規則二四条四号には、従業員に懲戒解雇に相当する事由があるときは解雇する旨の各規定があること、会社は八月一七日被控訴人に対し、右規則二四条四号に該当するので解雇するとの意思表示をしたことが一応認められる。

2  被控訴人は、右解雇通知には懲戒事由が明示されていないから、無効であると主張する。

しかし、解雇の意思表示については、法令上特に解雇理由を明示すべき旨の規定がないから、労働基準法二〇条に定める予告をするか、平均賃金を支払うことによつて有効に成立するばかりではなく、前記疎乙第二二号証によれば船舶事業本部神戸事務所長阪本薫は八月一七日被控訴人に対し口頭で後記懲戒事由を説明していることが疎明されるから、被控訴人の右主張は失当である。

3 また、被控訴人は、本件解雇は解雇権の濫用として許されないと主張する。

しかし、右主張は、次の理由によりこれを採用できない。

(1) これまで述べてきたところから明らかなとおり、本件配転は通常の配転とは異なり、造船界不況と五大プロジェクト生産に対処するため行われた、大量の配置転換であつて、その業務上の必要性が強いばかりでなく、その実行の成否につき他の従業員に与える影響は極めて大きい。そして、会社は、被控訴人が岐阜工場へ赴任しやすいよう、社宅貸与や尚子の再就職先斡旋の配慮をし、その条件を整えるべく努力しているのにかかわらず、被控訴人は比較的弱い拒否事由をもつて本件配転命令に従わず、岐阜工場に赴任しなかつた。

(2)  <証拠>によれば次の事実が疎明され、これに反する原審被控訴人本人の供述は措信しない。

① 会社の被控訴人に対する本件配転の説得は、内示の行われた五月一八日から本件解雇通知のなされた八月一八日まで何回にもわたり懇切に行われた。② しかし、被控訴人は、右説得に耳をかそうとしなかつただけでなく、反抗的な態度に終始した。③ たとえば、被控訴人は、六月六日窪田課長の席へ行つて、あらかじめ用意していた封筒入りの要求書(疎乙第一五号証)を同課長に突きつけ、謝罪を要求した。右文書の内容は、五月二四日電算企画課の女子従業員を使つて尚子に対し電話をかけさせ説得しようとしたこと、同月二五日同課長が被控訴人に対し「尚子も喜んで岐阜へ行くと言つている」と嘘をついて説得に当つたという二点である。しかし、右二点の事実が存在しなかつたことは前記3の(二)、(三)のとおりである。④ しかるに、被控訴人は、その後も労働組合に対し右二点の調査を依頼する一方、六月九日再び窪田課長の席に行つて、他の従業員が多数居合せていたのにかかわらず、「課長は嘘をついた」、「課長は卑怯だ」などとわめきちらしたうえ、勤労一課の会議室で誓約書(疎乙第一六号証)と題する文書を取り出し、同課長にこれを突きつけて血判を迫つた。同課長及びその場にいた大池勤労一課員は、被控訴人のこの異常な態度に驚き冷静にするよう促がしたが、被控訴人は突然小刀(カッター)を上衣のポケットから取出し、自己の左手の指先を切つて前記誓約書に血判し、更に、同課長に対しても右小刀を突きつけ、「さあ今度は課長の番だ、血判を押せ」と迫つた。そばに居た大池が被控訴人の手から右小刀を取り上げると、被控訴人は右誓約書をその場に置いたまま会議室から去つた。⑤ 被控訴人は六月一九日会社に無断で電算企画課において配転取止めの支援を求めるビラ(疎乙第一七号証の一、二)を配付した。

右(1)、(2)の各事実を総合して考察すれば、被控訴人の右(1)、(2)の各所為は、前記就業規則一二三条三号の「職務上の指示、命令に従わず、職場の秩序をみだし」たことに該当し、かつその内容に照らすと、原審証人窪田八洲洋の証言によつて窺える、被控訴人の会社在職中の勤務は真面目であつた点、その他諸般の事情を考慮しても、被控訴人は同規則二四条四号に基づき会社から解雇されてもやむを得ないものであつて、本件解雇が会社の解雇権の濫用であるということはできない。

八結び

以上の次第で、本件配転命令及び本件解雇は有効であるから、被控訴人の本件申請は結局その被保全権利について疎明がないことに帰し、事案の性格上保証をもつて右疎明に代えることも相当でないから、これを却下すべきである。

よつて、その結論を異にする原判決を取消し、被控訴人の本件申請を却下することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(上田次郎 広岡保 井関正裕)

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